驢馬の耳
むかし新羅の國に景文王といふ王さまがいらつしやいました。大そう耳が長くて、兎の耳どころではない、まるで驢馬の耳のやうでした。
王さまはそれを人に見られるのが耻(はづ)かしいので、一人の職人に云ひつけて、頭巾をおこしらへさせになりました。そして晝も夜も、起きてゐるときも、寝てゐるときも、始終その頭巾を被っていらつしやいました。だから王さまの耳が驢馬の耳のやうであるといふことは、誰も知りませんでした。
いいえ、たつた一人知つてゐるものがゐました。それは頭巾をこしらへた職人です。しかし王さまは、
『もしわしの耳が長いといふことを、他人に話したら、お前の命はないぞ。』
と、職人におつしやいましたから、職人は死ぬまで誰にも話しませんでした。職人はあるとき重い病氣にかかりました。今度はとてもよくならないと思ふと、お腹の中にむづむづしてゐたことを吐き出して死にたいと思ひました。そこで職人は道林寺といふお寺の竹藪に入つて、あたりに人がゐないのを見届けたあとで、せい一杯大きな聲で、
『王さまの耳は驢馬の耳。』
と怒鳴つて死にました。するとそれからといふものは、風がふいて竹が動くたびに、
近代デジタルライブラリー - 世界童話大系. 第16巻(日本篇)
『王さまの耳は驢馬の耳。』
という聲がしました。王さまは大そう驚いて、すぐに竹藪を伐(き)つておしまひになつて、そのあとに山茱萸(さんしゆゆ)といふ木をお植ゑさせになりました。すると今度は山茱萸が風の吹くたびに、
『王さまの耳は驢馬の耳。』
といふ聲を出しました。王さまはもうあきれてしまつて、その儘にしておおきになりました。
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