2012/01/23

菅政権が「封印」した事実とは

まず、1月21日に共同通信が報じたニュースを見てほしい。短い記事だ。以下に引用する。

原発事故、最悪シナリオを封印 菅政権「なかったことに」

 東京電力福島第1原発事故で作業員全員が退避せざるを得なくなった場合、放射性物質の断続的な大量放出が約1年続くとする「最悪シナリオ」を記した文書が昨年3月下旬、当時の菅直人首相ら一握りの政権幹部に首相執務室で示された後、「なかったこと」として封印され、昨年末まで公文書として扱われていなかったことが21日分かった。複数の政府関係者が明らかにした。

 民間の立場で事故を調べている福島原発事故独立検証委員会(委員長・北沢宏一前科学技術振興機構理事長)も、菅氏や当時の首相補佐官だった細野豪志原発事故担当相らの聞き取りを進め経緯を究明。
http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012012101001950.html

この記事はなにを言わんとしているのだろうか。菅政権が「最悪シナリオ」を「封印」して「なかったこと」にしたという。最悪のシナリオを想定していなかったというのだ。これが事実なら、原発事故の影響範囲を小さく見積もり、場合によっては国民の生命に深刻な影響を出したかもしれない。国民の生命の安全をあずかる立場でありながら、とんでもないことをしてくれたものだ。これでは国民の信任に対する裏切りとの謗りを免れられまい。…事実であるならば。


ところで、この記事の一部だけを改めて引用(引用A)してみよう。

 「最悪シナリオ」を記した文書が昨年3月下旬、当時の菅直人首相ら一握りの政権幹部に首相執務室で示された後、「なかったこと」として封印され、昨年末まで公文書として扱われていなかったことが21日分かった。

この一文をよく読んで、どのような印象を抱かれただろうか。その読後感をよくよく噛みしめて確認したら、つぎにこの引用(引用B)を見てほしい。

 「最悪シナリオ」を記した文書が昨年3月下旬、当時の菅直人首相ら一握りの政権幹部に首相執務室で示された後、昨年末まで公文書として扱われていなかったことが21日分かった。

どうだろう、読後の印象が一変しなかっただろうか。こちらの引用Bでは、ただたんに「文書の管理がずさんだ」という退屈な事実を伝えているだけのように見える。


最初の引用Aとどこが違っているのか。

『「なかったこと」として封印され』という句を削除しているだけだ(同じ文句は記事の見出しにも使われている)。この句のあるなしによって、ずいぶんと読後の印象が変わってしまうことが分かる。であれば、この句のあるなしは非常に重要だということになる。共同記者は、なぜこの句を挿入しようと考えたのだろうか。


報道記事は、記者が目撃した事実を書く。目撃したことを書かないでいることはできても、目撃しなかったものを書くことはできない。したがって、記事に書かれたからには、記者が目撃したところの事実が存在しているはずだ。

では、「封印した」「なかったことにした」とは、どのような事実を指しているのだろうか。記者は、なにを目撃したのだろうか。

「封印する」とは、どういうことか。文書を、外から見えないようにたたんで、あるいは封筒や袋などに包んで、文書や袋の合わせ目に封泥を垂らして焼きつけ、印を押して開かないようにすることだ。開いたら刻印が割れて、何者かによって盗み見られたことが分かるようになっている。

もちろん、これは比喩的な表現であって、じっさいに菅総理がそのような行為をしたと読むことはできない。しかし比喩であるならば、それに類する行為があったはずである。それは、なにを指しているのだろうか。記者は、菅総理のどのような行為を目撃して、それを封印に喩えているのだろうか。


結論からいえば、封印に喩えられるような事実はなかったのだ。

記者の目撃した事実は、引用Bで書かれるような「文書管理のずさんさ」であって、引用Aで印象づけられるような「最悪シナリオの無視、隠蔽」ではない。もし、封印に類する行為があったのならば、なぜ記者はその行為の事実「そのもの」を報じなかったのだろうか? その事実がなかったからである。この「封印」うんぬんの下りには目撃したところの事実が存在しない。

菅総理は「最悪シナリオ」文書を目にしたあと、最悪シナリオを想定して対策を取っている(適切な行動であったかどうかは別問題である)。そのことは、産経新聞も否定的に取りあげている。

 「最悪の事態となったとき東日本はつぶれる」
 「(福島第1原発周辺は)10年、20年住めないのかということになる」
 これまで首相はこんな風評を流した。
(略)
 首相は22日の記者会見で東日本大震災を「危機の中の危機」と断じた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110422/plc11042223130035-n1.htm

毎日新聞が、昨年12月にこの「最悪シナリオ」文書の存在について報じている。そして、菅総理がこの文書を根拠に行動したであろうことも書かれている。

福島第1原発:「最悪シナリオ」原子力委員長が3月に作成

 東京電力福島第1原発事故から2週間後の3月25日、菅直人前首相の指示で、近藤駿介内閣府原子力委員長が「最悪シナリオ」を作成し、菅氏に提出していたことが複数の関係者への取材で分かった。さらなる水素爆発や使用済み核燃料プールの燃料溶融が起きた場合、原発から半径170キロ圏内が旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)の強制移住地域の汚染レベルになると試算していた。

 近藤氏が作成したのはA4判約20ページ。第1原発は、全電源喪失で冷却機能が失われ、1、3、4号機で相次いで水素爆発が起き、2号機も炉心溶融で放射性物質が放出されていた。当時、冷却作業は外部からの注水に頼り、特に懸念されたのが1535本(原子炉2基分相当)の燃料を保管する4号機の使用済み核燃料プールだった。

 最悪シナリオは、1~3号機のいずれかでさらに水素爆発が起き原発内の放射線量が上昇。余震も続いて冷却作業が長期間できなくなり、4号機プールの核燃料が全て溶融したと仮定した。原発から半径170キロ圏内で、土壌中の放射性セシウムが1平方メートルあたり148万ベクレル以上というチェルノブイリ事故の強制移住基準に達すると試算。東京都のほぼ全域や横浜市まで含めた同250キロの範囲が、避難が必要な程度に汚染されると推定した。

 近藤氏は「最悪事態を想定したことで、冷却機能の多重化などの対策につながったと聞いている」と話した。菅氏は9月、毎日新聞の取材に「放射性物質が放出される事態に手をこまねいていれば、(原発から)100キロ、200キロ、300キロの範囲から全部(住民が)出なければならなくなる」と述べており、近藤氏のシナリオも根拠となったとみられる。

毎日新聞 2011年12月24日 15時00分(最終更新 12月24日 15時54分)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111224k0000e040162000c.html

結局のところ、『「なかったこと」として封印され』いうのは共同記者の「作文」であり、事実ではないのである。

「最悪シナリオ」が公文書でなかった理由

「最悪シナリオ」が公文書でなかった理由について新たな記事を書きました。文書管理はずさんではありませんでした。

「なかったこと」は共同通信の作文ではなかった

「なかったこと」は共同通信の作文ではなかったことについて新たな記事を書きました。共同通信の記者の作文ではなく、「政府高官」の証言に基づく記述でした。

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